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YVR 島から見たり聴いたり

トロント生活40余年の後に西海岸
ブリティッシュ・コロンビア州の州都
ビクトリア市に国内移住。
新たな街からの生のニュースを
バンクーバー発行の日本語誌
「バンクーバー新報」に2017年より新連載。
過ぎ去りし日々、迎えるこれからの日々

 

153カ国中121

 日本語で「ニイマル ニイマル」、英語でも「Twenty Twenty」と言う響きの良い年が明けた。日本は新天皇を迎え令和二年になり、いよいよ鳴り物入りのオリンピック・パラリンピックの開催年になった。

 

 周知の通りカナダでは、日本のように年末年始に対する一種独特な感慨のようなものを感じる人は少ない。

 

 クリスマスに向けて人の思いが集中した後の1231日は、月の終わりの一日に過ぎず、町によっては申し分け程度の花火があがる。

 

 だが明けて迎える11日は、祝日ではあるものの休みはたった1日のみ。翌日からは“Business as Usual”である。

 

 さてネズミ年の今年はどんな年になるのかと思いながら、私の年始の行事である溜まった新聞、雑誌、パンフレットの切り抜きや、コンピューターにも山のように入っている情報を整理し一年を振り返った。

 

 

 何と言っても集めたニュースで一番多かったのはカナダは総選挙関連で、トルードー首相率いる自由党が少数政権に終わったことだった。

 

 国民の不満が数字に表れ反旗を翻された形だが、一つ大いに称賛すべきは二期目も男女同数の閣僚を選出したことだ。こんな数字は日本の政界では夢の夢である。

 

 一月ほど前に世界経済フォーラム(WEF)が発表した男女平等度を示すジェンダーギャップ指数によると、日本は前年(110位)から更に後退し、153カ国中121で過去最低の数字である。

 

道遠い女性の活躍

 安倍首相が選出された直後の2013年のスピーチで「女性の活躍は成長戦略の中核をなす」と声高にうたいあげてから6年後の結果はかくの如くのこのていたらく。

 

 永田町からのニュース画像を見ると、昔は「ドブネズミ」と揶揄された紺か黒の背広姿の男性しか映っていないのは今も全く変わらない。

 

 だが一方、つい先日の日本経済新聞の働く女性2000人に行なった調査によると、管理職になった女性の7割が「良かった」と回答している。

 

 キャリアを積み重ねている女性が増え、職場環境が変化しているのだろうかと一条の光を見る思いがする。

 

 少子高齢化の社会を思えば、待ったなしに女性の起用が必要なのが日本社会の現状である。

 

 昇進の大きな魅力は「給料のアップ、自己の成長」と言うが、一方尻ごみする理由は「責任や負担の増加」がネックで、子供がいる場合は40%が「家庭との両立が難しい」事を理由に挙げている。

 

 5年ごとに行われる『社会生活基本調査』の2016年の結果では、夫婦共に正規社員で6歳以下の子供がいる家庭で、夫の家事・育児の分担率は20%弱とある。

 

 つまり8割を妻が負担していることになるのだ。これでは妻がキャリアを遂行していく事は至難の業だ。

 

 こういう数字はもちろん地域によって異なるし、年々男性の意識も変わっては来ているだろうが、働く日本女性は何と大きな負担を背負っている事だろう。

 

 ふと思い出すのは、昔カナダの大学で社会学を教えていたある日本女性が「日本のお弁当文化が原因」と漏らした一言だ。

 

 公立校は給食が出るが私立はお弁当持参。となると母親はおにぎりでパンダ面を作り、ウィナーをタコ風に仕上げるなど見栄えの良いお弁当を作るため毎朝汗だくと聞く。

 

 「専業主婦でなければやって行けないわよ」とくだんの女性は言う。一理あるかもしれない。

 

北米の場合

 では北米の場合はどうかと見れば、ハーバード・ビジネススクールが行った調査が興味深い。

 

 北米の男性の34は育児をパートナーと同等に分担することを厭わないとしているが、女性たちは、その平等主義への考えが裏切られることがあることを十分に知っていると言う。

 

 さらには白人男性の39%、白人以外の男性の48%はパートナーが仕事を持つことを重要と考えているものの、後者の男女の方が1520%もチャイルドケアに関して進歩的な考えを持って前向きに取り組んでいると言う。

 

 つまり白人男性の方が、妻のキャリアは奨励するものの、積極的に子育てに関する行動をしていないことになる。

 

 一般的に北米の男性の方が日本人男性より子育ての分担を平等にしていると思われがちだが、人種によって異なる結果が興味深い。

 

 だが今は男女平等が一番行き届いている北欧の国々も一昔前は「女性は家庭に」と言うのが当たり前だったと聞く。強力な政府の指導のもとで今の状況を作り上げたのである。

 

 迎えるこれからの日々、男女のあり方、家庭のあり方はどの様に変化していくのだろうか。と、こんな思いを感じている折り、小泉進次郎厚生大臣が妻の出産に併せて育児休暇を取ると言うニュースが飛び込んできた。まことに結構な話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| - | 16:30 | - | - | - | - |
死後の評価

 

人生100年時代

 

 上記の小見出しのような言葉を頻繁に耳にするようになって久しい。だが一体これは何処に端を発し、何時ごろから人の口に上るようになったかを知る人はどの位いるのだろう。

 

 特に日本人の間では、世界に先駆け大変な勢いで高齢化が進む現状から、日本政府が率先して言い出したのではないか、と思っている人もいる。

 

 残念ながらそれは当たらないようだ。

 

 かく言う私も確固たる確信がないため、あれこれ調べてみると、発端は英国のロンドン・ビジネス・スクールの人材論、組織論の権威であるLynda Gratton教授と、経済学者であるAndrew Scott教授が『The 100- Year Life』(20162月)という本を出版して以来という。

 

 どうりでこちらのメディアでも「先進国では2007年以降生まれの2人に一人が、100歳まで生きると予想している」といった文語を見聞きすることが多いわけだ。

 

 この手の本はすぐに翻訳出版される日本では、同年10月に早速東洋経済新報社が『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』と題して上梓した。

 

 

 それを受けて、先日第4次安倍内閣で環境大臣に抜擢された小泉進次郎氏が、即この言葉を使用したことで日本人の間に広く浸透したそうだ。なんと!今や「まんがでわかるLIFTSHIFT」という本まで出版されているのには驚かされる。

 

 当本には今までよく言われていた「20年学び、40年働き、20年休む」といった3段階の人生計画は通用しない上、これからは人生の選択や生き方が大幅に多様化すると予測されているとか。

 

 更には年齢による区切りもなくなり、学び直しや転職などこれ迄余り考えられていなかった価値観が生まれることになるとも言うのだ。

 

中曽根康弘元首相の死去

 

 昨年の1129日に日本の政治家で、運輸大臣、防衛庁長官、通商産業大臣などを歴任した後、1982年からの5年間内閣総理大臣を務めた中曽根康人氏が101歳で亡くなった。

 

 若い人には現役時代の氏を知る人はいないだろうが、在任中の最大の功績は、国鉄(現JR各社)、日本電信電話公社(現NTT各社)、日本専売公社(現JT)などの民営化を実行し、戦後政治の総決算を行なった人物として語り継がれてきた。

   

 

 政治から身を引いた後も、その知名度によって各界に多大なる影響力を持った人物であったため、死後の評価は悪いものではなかった。

 

 だがメディアの訃報ニュースの写真を見れば、若い時はそれなりに男前ではあったものの、在りし日の生気は感じられずそこには101歳の老人の顔が写っていた。

 

 

 恐らく中曽根氏と言えども、容貌ばかりではなく、耳は遠くなり、体力は落ち、記憶力は衰えていたに違いない。それがまあ、一般の100歳と言うものだろうと思う。

 

マルルーニ―元首相

 

 政治家のような公人は、死後その功績或いは悪行を語られることは避けられない。後世の人がその人物をどう評価するかは、その政策なりによって市井の人たちが得したか損したかという単純な方程式で決められることは多いと思う。

 

 どの政治家も万人に良い政策方針はなく、どんな場合も賛否両論があるのは当然だ。

 

 それはカナダの政治家も同じで、例えば8493年まで政権の座を得たブライアン・マルルーニ―首相を見ても分かる。(ちなみに彼と中曽根氏は、首相の座についている時期が重なる期間がある)日系カナダ人の立場から見れば、彼はリドレス合意に終止符を打ち、補償問題を解決したことで評価は高い。

 

 

 だが親米路線を推進しNAFT(自由貿易協定)の締結などが影響し、経済不況に陥ったことによって職を失った者から見れば、最悪の首相だったと思う事だろう。

 

 加えて在任中は私腹を肥やしたことで悪名が高かったようで、政界を去る時のGlobe & Mail紙には、ミラ夫人と共に現金が落ちこぼれんばかりのボストンバックを下げ、足早に議事堂を走り去る風刺画が掲載された。

 

 政界引退後は在職中の米国との繋がりによって、米加間のビジネス界で活躍し、昨年10月にはアメリカの大麻製造会社の役員に就任した。

 

 

 今はトレードマークのしゃくれた顎に肉が付き、丸々とした首になっており80歳にしてまだ健在。だが、例え100歳まで生きたとしての死後、カナダ国民は彼をどの様に評価するのだろうか。

 

 

 

 

 

| - | 19:17 | - | - | - | - |
親日家

秋のビクトリア日系人バザー

 

  9月から10月に掛けての秋は、当地ビクトリアも夏の喧騒が去り「待ってました!」とばかりにあちらこちらで興味深い行事が重なる。

 

 特に教会が絡むイベントは、ボランティアとして骨身を惜しまずに働くリタイアした善男善女のシニアが多いことに驚かされる。

 

 聞けば他のエスニックのグループも多かれ少なかれ同じと言うが、日系人が中心になって開催される10月末の『秋祭り』も例外ではない。少なくとも1000人以上が会場に足を運ぶため会場は大賑わい。

 

沢山の入場者で賑わう会場

 

 中でも各種の日本食や1300個ほどの和菓子は飛ぶように売れ、関係者は一週間ほど前から準備に忙しい日々を送る。

 

甘い匂いが漂うキッチンで‟manjyu making"

 

和菓子作りに精を出す子供も含むボランティアたち

 

 ちなみにこの和菓子作りを日系人たちは「manjyu making」と呼ぶ。初めてこの言葉を聞いた時思わず吹き出しそうになった。だが日本語環境の中で育たなければこの可笑しさは分からないと思い笑いを我慢した思い出がある。

 

 こうした食べ物以外にも、多くの人々から寄付される日本のクラフト類、食器、アンティックの飾り物、着物などなど、2000個以上はある品々に一個ずつ値段を付けるのも大仕事。

 

 だが実はこれが驚くほど売れるのだ。毎年掘り出し物を探しにくるカナダ人の常連客もいて、これだけで有に$3000以上の売り上げがある。 

 

バザー当日の光景

 

 次々に買っていくカナダ人たちの日本に向ける好意的な態度には驚くが、彼等には「異国情緒」を駆り立てられるからだろうか。

 

日本大好き

 こうしたカナダ人の日本好きは今に始まったことではないが、最近私が係わった当地のアートギャラリー主催の訪日グループの面々も日本をこよなく愛する人たちだ。中にはすでに23回訪日している人もいるが、毎回訪問地が異なるためその都度大満足で帰ってくる。

 

 アートギャラリーの主催だけあって、いつも日本ならではの文化を十分に満喫できる訪問地を選ぶ。今秋は福岡から伊万里、有田の窯元を訪ね、瀬戸内海の手島、直島など島全体がアートに力を入れている島々を廻り高野山で締めくくる。

 

 出発前には引率するギャラリーの元学芸員が3回に渡って日本史、古美術、当時の人々の暮らし向きなどを解説し旅心を駆り立てる。そこに今回は私も4時間程の講義を引き受け、現代の日本について解説した。

 

 簡単な日本語での挨拶、ひらがな、カタカナ、漢字の歴史、日本社会のあり様、例えば少子高齢化の現状、最近になってやっと上場企業の女性役員が1割を超えた事(フランスは42%)、女性国会議員の比率(193カ国中165位)、ゴッチャ混ぜの宗教観(結婚式は教会、お宮参りは神社、お葬式は仏式)、引きこもりの現状、いじめの実情、はたまたデパ地下、100円ストア、ワッシュレットの普及率・・・など等、あらゆる角度からの日本に言及したのである。

 

 運よくこの秋に繰り広げられた皇室の数々の行事にも触れることが出来たのはラッキーで、チャールズ皇太子が要人の一人として招待され貴賓席に座る写真には、「彼一人で行ったの?パメラ夫人は?」となり「大方の英国民は彼女を受け入れてないもの、当然よ」などと話しが弾んだ。

 

「パメラ夫人を伴わないのは当然!」とは参加者一同の意見であった

 

「Empress Masakoは何と綺麗でしょう!」と大評判

 

 私は日本生れの日本育ちで少なくとも1、2年に一回は訪日し、日本の情報に疎くならないよう気を付けているが、いざ人前で発表となれば正確な数字や年月を調べる必要があり、資料作成にはかなりの時間を要した。

 

訪日を前に日本に関して講義を受けるグループ

 

講義後のグループ写真

 

講義の後は日本レストランに繰り出して訪日前の気分を盛り上げる

 

 しかし後日、以下のようなメールを貰うと単純に嬉しくなってしまう:

Thank you again for the pre-tour information last week.  You must have spent hours researching to have amassed all that detail. (中略)I realized after I got home that you had put an immense amount of effort into giving us that comprehensive overview.

 

困った訪日客

 

 何度も訪日する人々に理由を聞くと、必ず返ってくる答えは、➀日本人は親切で優しい ➁正直で騙されること等ない Dが清潔で安全 ➃チップがいらない、等など。

 

 しかしそうした日本人の美点を逆手に取って、先日はラグビー観戦に来た外国人旅行者の一部が暴徒化し問題になった。

 

 車中や公道でスクラムを組む、酔っ払って投げた空き缶がタクシーの屋根に落ち、抗議する運転手に謝ることもしない、閉まった店のシャッターに向け背負った仲間を体ごとぶつけてへこませる・・・等など傍若無人な振る舞いをする輩もいたと言う。

 

 これは一言で言えば「日本人を舐めている」としか言いようがない。 

 

 とは言え、もし彼らと話して見れば「日本はいい国だ、大好きだ、日本人は素晴らしい、だからこうして訪日した」などと抜かすだろう。

 

 だが内心は、「どうせ日本人は英語が出来ないからこんなことをしても大丈夫だろう」と‟高をくくった態度”の表れなのは火を見るより明らかである。

 

 こうしたふとどきな訪日外国人に対し、多少ブロークンでもいいから食って掛かり、謝らせるくらいの英語力が日本人は何時になったら身につくのだろうか。 

 

 外国から英語教師を雇い、国を挙げて「英語!英語!」と騒いでいる割には、その効果がいまだ薄く歯がゆくてならない。

 

 こうした訪日客絡みの事件を、最近日本は「観光公害問題」と位置付けているようだが、来年のオリンピックで同様の光景が繰り広げられないことを切望する。

 

 

 

 

 

 

 

 

| - | 07:45 | - | - | - | - |
スポーツ祭典と国歌

 

 第9回ラグビーワールドカップ2019は、予定通り920日に日本で開始されて以来、大変な賑わいと盛り上がりを見せている。

 

 

 日本ではサッカーに比べその人気は今一と言われていたようだが、そんな風潮は今や何のその。112日の最終日を迎える迄、日本列島は沸きに沸いている。

 

 例え細かいルールなど知らなくても、選手たちが一丸になって体ごとぶつかって行く凄まじさは尋常ではない。どんなスポーツ音痴でも、その迫力には圧倒され選手とボールを追って一喜一憂してしまう。

 

 最終的にどこの国が勝利するかの予測は不可能なことだが、こうした世界規模の戦いは、選手たちに大変な試練を強いるであろうし、同時にさぞや大きなお金が動くのだろうとも想像する。

 

 日本は来年オリンピックも控えており、大規模なスポーツ大会が二年に渡って開催されるわけだが、その後に起こるかもしれない「宴の跡」の空虚感が怖い。

 

日本の国歌「君が代」

 

 世界中を巻き込むこうしたスポーツ大会を観ながら、いつも思うことがある。

 

 それは試合開始前のはやる気持ちを抑えながら、又は勝利した国や選手(達)が表彰台に登る時、それが日本のチーム(選手)であった場合、ハッキリ言って、日本の国歌は何と高揚感を削ぐテンポだろうか、ということだ。

 

 今ここで詩歌の意味についての賛否は問わないでおく。残念ながら現在の日本では、「国歌・国旗」に関して公の場で語るのは危険視される傾向にあるからだ。

 

 ただ音楽的視点から見て、あのスローテンポの国歌を選手(たち)はどんな気持ちで聞き、それに併せて歌詞を口ずさむのだろうか。

 

 スケーターの羽生結弦選手、体操の内村航平選手、レスリングの伊調馨選手、加えて総勢31人の内15人が外国人選手を抱えるラグビーチームなどなど。

 

 私はそんな有名選手たちを個人的に誰も知らないため、一度も心の思いを聞いたことはない。だが天皇制を云々することに繋がる国歌については、有名な選手ほど心の内を絶対に口にすることはないだろうと思う。

 

 そんなことをフツフツと思う時、過日朝日新聞の投稿欄に以下のような声が寄せられた。

 

 割愛すると「さんざん議論されてきた国旗・国歌だが、今や触れること自体がタブーの感がある」と書き出し、歌詞について彼の個人的思いを述べた後「テンポが遅すぎると感じる人も少なくないのではないか」と結んでいる。私一人の思いではないことが分かった。

 

カナダの国歌「O,Canada」

 

 さて今回のラグビー戦でのカナダ選手たちの活躍はどうだろう。102日の対ニュージーランド戦などはメッチャ負けの63:0

 

 

 だがその国歌である「O Canada」はと言えば、誰にでも容易に愛される歌詞とテンポである。

 

 それでも2018年には「True patriot love in all thy sons command」が「True patriot love in all of us command(我らすべてに流れる真実の愛国精神)」に変わった。部分的な歌詞の変更は初めてではないが、今回は「son」が男性のみを指し男女平等の精神に反するからというものだった。

 

 カナダは高々150余年の歴史しかなく、多くの移民で成立している国であるがゆえに、国歌にまで柔軟な姿勢が表れていることに驚かされる。

 

 とは言え子供のころから慣れ親しんだ国歌ではないため、日本から移住して長らく住んでいても、通して諳んじるのは難しい人も少なくない。

 

 面白いのは日加の何らかの行事で両国の国歌を歌う場合、歌詞を覚えている人はさも得意そうに、うろ覚えの人に向けて口をことさら大きく開けて見せびらかすように歌う人がいることだ。何やら「どうだ、すごいだろ!」と言わんばかりでいつも苦笑させられる。

 

 さて再度日本の国歌に戻るが、せめてスポーツ祭典の「君が代」はテンポを倍の速さにしてはと思うのだが如何なものか・・・?

 

後日談:

 

日本のメディアは「台風19号が日本列島に通過した影響で岩手県釜石市で13日に行われる予定だったカナダ対ナミビアのラグビーワールドカップの試合が中止になりました。それを受け、釜石市でラグビーのカナダ代表が住宅街に流れ込んだ土砂を除去するなどのボランティア作業を行いました」と報じた。

 

 

 

 

 

もちろんカナダでも心温まるニュースとして、メディアがこぞって大きく採り上げ全国に流された。

 

またカナダでは21日(月)に行われる連邦選挙の為に、全国を駆け回っているジャスティン・トルードウ首相からも激励の言葉が送られた。

 

 

 

 

 

| - | 07:25 | - | - | - | - |
なおも問いたい重国籍を容認しない理由を

日本国籍取得の横綱白鵬

 

 日本では令和元年初の秋場所が、今月8日に両国国技館で開始された。

 

 

 幕開けでの大きな話題は、モンゴル出身の‟あの横綱”白鵬(本名:ムンフバド・ダバジャルガル)が、日本国籍を取得して初めての本場所にも関わらず、まさかの黒星スタートだったことだ。

 

 とは言えその時点では、まだ22日(日)迄続く勝負の結果がどう出るかが見ものであった。しかし不運にも初日の勝負で右手小指を骨折。二週間の加療のためあっけなく休場してしまった。

 

 私は「相撲ファン」などとは到底言い難く、良くも悪くも余程話題に上る力士以外は、顔と名前など全く一致しない。だが白鳳ほどになれば、特別に相撲ファンではなくとも知らない日本人はいないだろう。

 

 彼にとってこの初日の黒星は、どれほど痛かったか想像に余りある。

 

 人生の大きな節目である筈の「日本国籍取得」という直後であったことで、せめてその第一日目は白星で飾りたかったに違いない。

 

 しかし勝負の世界は、そう思い通りには行かないことを、嫌が上にも知らされた出来事だった。

 

 報道に寄れば、彼が日本国籍を取得する決心をしたのは、将来引退した際に相撲協会に残留し親方になるのが希望であったからだという。

 

 

 こんな規則を設けたのは1976年で、理由は明らかではないとのことだが、親方となれば協会の運営にもかかわる立場となるため、外国出身では指導が疎かになると懸念したからとか。

 

 だがここで私は「待てよ?!」と思った。確かに日本の国技である相撲の年寄りともなれば、日本国籍を義務付けるのは分かる。

 

 とは言え、何故出身国の国籍を捨てなければいけないのか。白鵬関が重国籍でいけない理由は何処にあるのだろう。

 

故ドナルド・キーン氏の場合

 

 当然ながら何らかの個人的実情や信条によって生まれ持った国籍を捨てる理由があるのなら別だ。

 

 例えば今年二月に89歳で亡くなった米国出身の日本文学者ドナルド・キーン氏は、平成23年(2011)に日本に帰化した。

 

 

 日本人との関わりの中で日本人特有の優しさに何度も触れ「自国籍を捨て日本国籍を得るのは、私の感謝の気持ちです」とインタビューに答えていた。その思いを決定的にしたのは、他でもない「東日本大震災の人々」の行動であったという。

 

 だが彼とて、もし日本が重国籍を許可しているのであるなら、果たして米国籍を放棄しただろうか。最もその後現れた支離滅裂な現大統領が支配する国になってからは、温厚な氏のこと、捨てた事への心残りは微塵もなかったに違いない。

 

生まれ育った国は絶対に忘れない

 

 話を相撲界に戻して見ると、白鵬の場合には妻は日本人で4人の子供がいる。

 

 となれば、引退後の人生も相撲界に忠誠を誓って誠実に係わって行くことに疑う余地はない。もしモンゴルの国籍を保持していたら、その思いは生まれないとでも言うのだろうか。

 

 また100%の確信を持って言えることは、日本国籍を取得したからと言って、彼が母国を忘れることなど絶対にあり得ないということだ。また逆に、捨てたが故に、法律上は「日本人になった」であろうが、母国への思慕が一層深まるかもしれない。

 

 相撲界では白鵬の様に外国出身で親方になったのは9人いる。

 

 その先駆けである高見山が、古いしきたりの中の生活にも負けず、外国人力士として史上初の優勝を飾った時、まだ帰化はしていなかったものの、当時のニクソン米大統領から送られた祝辞に感涙したという。

 

 さぞかし嬉しかったに違いない。母国を忘れたい余程の事情がない限り、生まれ育った国への思慕は簡単に消える物ではない。

 

 この思いは、日本だけに住んでいる日本人には分からない感覚であろう。

 

 カナダにも日本から移住している人は星の数ほどいる。だが何らかの深い理由がない限り「日本を捨てた」と言う人はいない。それどころか多くの人が毎年訪日し、中にはシニアになってから日本に逆移住する人さえいる。

 

 昨年3月にはフランスやスイスに住む30〜70代の日本人8人が、外国籍を取得したら日本国籍喪失は違憲として提訴した。

 

 

 内6人は外国籍を取得しているが、訴訟で日本国籍の維持を求め、後の二人は外国籍取得を希望しているが、同時に日本国籍を消失しない確認を求めている。

 

 おそらく法務省は、「日本国民は自己の志望によって国籍を取得した時は、日本の国籍を失う」とした現行の「国籍法11条1項」楯に却下するであろうが、いずれにしても結果が待たれる。

 

 

世界の潮流に乗れない日本

 

 世界を見渡すと、日本の様に重国籍を禁止している国は、アジアやアフリカに多く、2015/16年の経済協力開発機構(OECD)の調査結果を見ても、G7の中で日本だけが出生国の国籍放棄を強いている。

 

 昨今の日本では、国際結婚の増大によって重国籍の子供が生まれることなど全く珍しい事ではない。加えて少子高齢化で将来の働き手の減少が恐ろしいほど加速しているにもかかわらず、「移民はご法度」の一時滞在の労働力に頼っている。

 

 法務省の早急の対応が臨まれる。

 

 

                    

| - | 03:13 | - | - | - | - |
今日も今日とて増えるプラゴミ

 

大量のポリ袋

 今日もスーパーでの買い物から帰ると、セールだったホウレン草二束、スキャリオン一束、採れたてのトウモロコシ数本、ポークとビーフのひき肉、量り売りの干しブドウとピーナツがそれぞれのポリ袋に入ってショッピングバックから顔を覗かせている。

 

 冷蔵庫や然るべき容器に入れて納めて見ると、キッチンのカウンターには使用済のポリ袋の山が出来る。

 

 いつもの事ながらこの光景は私の気持ちを萎えさせる。こんなに袋を使うことに対する自責の念にかられるからだ。だからと言って、野菜類を全部まとめて、或いは、肉や魚を一枚の袋に入れでもすれば、レジの人に怒られるのは火を見るより明らか。となれば個々にポリ袋に入れるほかはない。

 

 聞けば多くの人がやっているようだが、私も後日この袋はまとめて少量の石鹸水に浸け裏表を洗い、一枚一枚干して乾かし再利用することを心掛けている。だが数日もすればその量たるや大変なもので、ランドリールームはポリ袋オンパレードと化し、洗ってきれいになった袋は引き出しに入り切れない。

 

 今や買い物袋は各自が持参する「bring your own bagBYOB)」運動が功を成していることは見て取れるが、その他の個々の食料品を入れるポリ袋はまだ「自分で持って来る」という意識は人々の間に芽生えていない。

 

買い物に行く人が誰でも下げているBYOBのショッピングバッグ

 

 いつかそうなる日もあるのだろうか・・・あってくれればいいが・・・、或いは代替えの袋が開発されるのだろうか・・・と思うのだが、今の時点では私一人がそう思っても、ごまめの歯ぎしりでしかない事は知っている。

 

ビクトリア大学の学生

2021年までに使い捨てプラを禁止する」旨の方針を発表し、「製造業者にリサイクルの責任を負わせる新規制を検討している」とジャスティン・トルードー首相が記者会見で発表したのは二ヶ月余り前の611日のこと。

 

環境問題について記者会見で発表するトルード首相

 

 今後数年の間にEUなどの事例を研究したり、また科学者や産業界と協力して禁止対象のプラ製品の代替を作りたい旨を明かした。10月に控えている総選挙を前にしてのリップサービスに終わらないことを願いたい。

 

 カナダでもゴミ問題は政治家たちの間で語られて久しいものの、問題が大きく飛躍したのは20178月にビクトリア大学(Uvic)のT. Buck Suzuki enviro groupに所属する Meaghan Partridgeという学生がまとめた「プラゴミ問題に対処する為のフレームワーク」と題する44頁に渡るリポートが発端であった。

 

 特に海底のプラゴミ問題に特化した報告書は、地元の政治家たちによってオタワの環境大臣にまで届き、またカナダの著名な作家Margaret Atwoodが全国紙のGlobe& Mailと組んで、「プラゴミ問題への取り組み」という問題提起を行うまでに発展したのである。

 

 Uvicはとても地味な大学で、問題提起によって世論を動かすなどは稀なことであるが、ことゴミ問題に関してはその発端を作り、オタワまで届くことになったのである。

 

 

 と言うことは、それが如何に重大でかつなおざりには出来ないかが証明されたわけである。多くの人が知ることだが、今や海底に溜まっているプラゴミが海洋生態系に及ぼす影響は計り知れないのである。

 

ゴミは選別され大型トラックで収集はするが・・・

 

外国に送るゴミ

 ここの所少し下火になったかに見えるトピックに、フィリッピンやマレーシアなどに送られていたコンテナに入った先進国(日本、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダなど7カ国)からのゴミの返却問題がある。

 

 この春にマレーシアの環境相は「我々の国は世界のゴミ捨て場ではない」、フィリッピンのドゥテルテ大統領は「送って来たゴミを引き取らなければ宣戦布告する」とまで言わしめた。本来ならリサイクル可能なプラゴミだけだったのが、汚れた大人のおむつ、キッチンのゴミ、新聞、ビニール袋などが入っていたというのだから怒るのは当然である。民間業者の仕業と政府は言うが、はて?

 

 中国でも毎日排出されるゴミの量に処理場の能力が追い付かないようだ。人々の生活が豊かになって来たためその量は莫大なもので、習近平氏のごり押し強権でも押し込められないという。

 

 さて来年はオリンピックを控え、沢山の観光客が訪日するのを期待する日本。取り沙汰されるホテル不足の問題もさることながら、「旅の恥はかき捨て」とする観光客も少なくないであろうことも予測される。

 

 彼等が落とすゴミへの対処は十分に準備が出来ているのだろうか。

 

 

| - | 04:21 | - | - | - | - |
ビクトリア日系文化協会Victoria Nikkei Cultural Society(VNCS)創立25周年祝賀会

 

 去る6半ばにビクトリア日系文化協会は創立25周年を祝い、ダウンタウンのインナーハーバーにあるHotel Grand Pacific で盛大な祝賀パーティーを開催した。

 

 当日は雲一つない晴天に恵まれ、初夏の日差しや海からの爽やかな風がホテルに流れ込むのを心地よく受けながら、集まった100人ほどの会員は和気藹々とお互いの近況を確かめ合い元気にこの日を迎えられたことを喜び合った。

 

  

パーティー会場風景

 

 パーティーは、去年の秋に行われた地方選挙で再選された来賓のリサ・ヘルプス(Lisa Helps)ビクトリア市長の心の篭った挨拶から始まった。

 

Lisa Helpsビクトリア市長

 

 当市には日系人に取って非常に歴史的に意味の深い桜が、市内のあちらこちらに植えられている。市民は勿論のこと、世界各国からの訪問者の心を和ませる春の風物詩としてとみに有名である。

 

 とは言え今年の春には、この桜が温暖化などの影響で生育が危ぶまれており、市が一掃しようとしている等の噂が流れ一時日系社会を震撼とさせた。だがこの祝賀会でヘルプス市長はそれをきっぱりと否定し「そういう事は絶対にない」と断言し出席者の喝采を浴びた。

 

 

春爛漫のビクトリアの桜並木

 

 この桜には日系秘史がある。すでに80余年も前のことになるが、1937年に市政75年を祝う祝賀パレードで、日系人たちが協力してピンクのちりめん紙で沢山の桜を作り、着物を着た可愛らしい子供たちと共にフロートを飾った。パレードは昼夜二回行われたが、市民に大変に好評で日系コミュニティーは300ドルの賞金を得たのである。

 

 当時のお金で300ドルとなれば大金だが、それを彼らはビクトリア市に返上し、日本から桜の苗木を出来るだけ沢山買い市内に植えることを願い出た。

 

 それが功を成し今では市内の無数の場所に、日本を象徴する美しい桜が爛漫の春を彩りビクトリアの町をピンクの花びらで埋めるのである。だが悲しいことにその苗木が成長して花を咲かせるのを、強制収容所に送られた日系人たちは見ることが出来なかった。

 

 だが50年後に元ビクトリア市民だった72人が「リユニオン92」と称して当市を訪れて旧交を温め、また市庁舎前に日系人の悲話を簡単にまとめたプラグを掲げたのである。

 

ビクトリア市庁舎の広場に掲げられている「リユニオン92」の記念プラグ

 

 その意味ある桜が、市長によって守られると断言されたことはまたとない祝言であった。

 

 続いてVNCSの現会長であるツギオ・クルシマ氏が、「これからの25年も今までの様に活気ある会である事を願っている」との挨拶をした。

 

Tsugio KurushimaVNCS会長(右)とコミュニティーの重鎮で強制収容所送りの体験を持つDr. Henry Shimizu

 

 また後のインタビューで氏は、最近は日本からの移住者の人たちが、当会に興味を持ってくれているのが心強い事や、分科会の生け花、茶道、太鼓、踊り、日本語クラスなどのグループが活躍している事が非常に嬉しいと頬をほころばせた。同時に今後は、もっと若い人たちを育成することが大事とも強調していた。

 

 会食後は、日系三世の俳優テツロオ・シゲマツ氏の一人芝居上演された。自分のバックグラウンドを絡め、日本にルーツを持つ祖父・父そしてカナダ育ちの息子との生育の違いによって起こる複雑でほろ苦い心の葛藤を描いた『Empire of the Son』に大きな拍手が送られ、3時間にわたる祝賀会は幕を閉じた。

 

  

『Empireof the Son』のポスターと一人芝居を上演するTetsuo Shigematsu 氏

 

 

 

 

 

 

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アジア映画祭「Double Happiness」〜中国系カナダ人家族を描いた作品

文化果つる町(?)

ビクトリアはBC州の州都ではあるものの、例えばトロントやバンクーバー等と比較すると、まさに「文化果つる町」である。

 

音楽、絵画、映画、演劇など等、どれを取っても心が揺さぶられ、目を見張るような一流のアーティストや作品が来ることはまれである。特に日本関係の催し物などは寂しいもので、日本からの著名人もバンクーバー迄は来るものの、海峡を渡ることは皆無と言える。

 

では何が当地の「文化(culture)」か、と言えば「自然(nature)」で、ゴルフ、テニス、フィッシングと言ったアオウトドアが好きな人にはこの上ない天国である。

 

 

そんな中、時にビクトリア大学が開催する「**フェスティバル」「**コンフェレンス」と言った催し物は、当地に住むことで鈍った私の感性をわずかではあるが刺激してくれる。だが折角の上映会や集会も、関係者以外で足を運ぶ人はごく限られており、入場を断られる事はまずない。

 

https://en.wikipedia.org/wiki/University_of_Victoria

 

 

先日その一つであるアジア映画祭が同大学において3夜連続で開催された。インド、タイ、中国の映画が上映されたのだが、タイの作品『A gift』以外はどれも20年以上も前のもので「これトロントで観たわ」と思わず笑ってしまった。

 

韓国系カナダ女優 Sandra Oh

でもお陰さまで、カナダで生活する中国人の家族を描いた『Double Happiness』は、内容も殆ど忘れかけていたし、今や大変な売れっ子になったSandra Ohの若い時を再見することが出来て懐かしかった。

 

 

 

彼女自身は韓国系カナダ人だが、この作品では中国系カナダ人家族の22歳の長女役を演じている。一家はカナダに暮らしてはいても、家の中は100%中国式の生活。全面的に実権を握っているのは当然ながら父親で、全ては彼を中心に廻っている。

 

夫婦の差し当たっての関心事は長女の結婚である。二人は娘婿になる人は中国人を望んでいるため、ツテを頼ってはあの手この手で中国人男性(時にはゲイの男性も)を紹介してもらい娘をデイトに駆り立てる。

 

しかし当の本人はと言えば、女優になるのが夢でオーディションを繰り返すが思うように道は開けない。その内に親の意向とは裏腹に、白人のボーイフレンドが出来て両親の思いとの板挟みになる。しかしいつまでもそれを秘密には出来ず、すったもんだの末ある日すべてが明るみに出てしまう。

 

エンディングは親元を離れて彼女は独り立ちするのだが、狭い料簡を持つ厄介な両親ではあるものの、ぬくぬくとした家庭から離れる孤独は如何ばかりか・・・と観客にある種の寂しさと同情を抱かせる。

 

食習慣

さて上映後のディスカッションは、「親の気持ちは分かるがやはり子供の意思を尊重すべきだ」と言うのが大方の意見だった。

 

私もその考えに同調したが、更に深く感じたのは同国人以外との国際結婚で一番の軸となるのは「食」ということを改めて思ったのだ。

 

特に中国人の場合、折に触れては家族や友人たちとテーブルを囲み、マナー云々よりは、丁々発止と談笑しながら食事を楽しむ。この雰囲気に同国人でない相手が違和感なく溶け込めるかどうかが、大きな分かれ目になると思うのだ。

 

 

何処の国でも特有の食習慣と言うものがある。

 

特に台所で実権を握る人の国の料理を、もう一方が満足出来れば、国際結婚の第一の難関は突破したも同然と言えるのではないだろうか。

 

ある国際結婚をした日本女性で、日本食をそれ程好まない夫を持つ人がいる。元々料理が不得意な彼女は、家庭で日本食を作ることや食べる事を全面的に放棄した。

 

とは言え外で日本食を食べる機会があると、彼女は息もかない勢いでそれはそれはエンジョイするのであるが、夫が作る何でもかんでもオーブンで調理する料理に決して文句は言わない。

 

その中で育った息子の一番の好物は、‟あの”マカロニチーズ! となると二人いる孫も日本人の祖母が海苔巻きを作ってくれた等と言う経験はないため、初めて黒い海苔を見た時は「What’s that?」と叫んだと言う。この二人、すこぶる睦まじく暮らしている。

 

「アメリカの母の味」などと言われているが、知る人ぞ知るカナダが発祥の地である「マカロニチーズ」

 

又あるカナダ人の夫は、日本人妻がズルズルとお茶漬けを食べる音が身の毛がよだつ程嫌いだったとか。この二人、離婚という結末を迎えてしまった。

 

夫婦間の感情には簡単には言い切れない、又は割り切れないそれぞれの事情があるとは言え、「食」は国際結婚を維持するのに極めて大きな要素を持つことをしみじみと感じる。

 

 

 

 

 

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古くて新しい日本の英語教育事情

 

教育改革

この冬公私の用事で6週間ほど訪日した。行くたびに良くも悪くも日本がどんどん変わっていることを実感する。特に今回著しい変化を感じたのは、オリンピックに向けての突貫工事が各所で行われている事だった。もちろん活気があると言えば言えるが、人々の思いがこの変化にどれほど沿っているのか・・・ふと疑問を感じることも多かった。

 

一般の日本人が「おもてなし」精神で外国人観光客を迎えようとしているのは素敵なこと。とは言え、それでは世界共通語である英語がどれほど理解出来るかとなると、未だにはなはだ心もとない。

 

もちろん一般論としての話で例外も多いことは承知である。だが日本は義務教育が行き届き、その多くが高等教育を受けているにも関わらず、平成が終わろうとしている今でさえ「英語での日常会話は一応大丈夫」と言える日本人はまだ本当に少ない。

 

それは政府も承知で、20年に予定の国を挙げての「教育改革」施行では、小学生に対する「英語の導入」を打ち出した。すでに現在でも56年生に対し簡単な「外国語活動(通信簿に記載なし)」をしているのだが、これを3、4年生に引き下げて56年生からは英語の授業を70時間にして「正式教科(通信簿に記載)」に加味するそうだ。

 

 

引っ張りだこのALT(外国語指導助手)

となると一体誰が授業を受け持つのかという問題が浮上する。すでに14年から小学校の先生のために、各地域で英語教育の研修が実施されている。

 

だがにわか研修を受けても、自分の専門外のため実際には「英語を話せない」教師が多いのが現状。中には苦肉の策として、ネイティブの発音が出来る人型ロボットと共に教壇に立つ例もあるとか。

 

国は来年までに英語の専科教員を配属する予定を立てているが、こうした状況の中で益々需要が高まるのがALTとして日本に来る英語教師である。文部科学省によると17年度末で全国の小学校には1万3千人が雇用されていると言う。

 

だが刻々と迫る改革を目前にその数は十分でなく、彼等を如何に確保するかは各自自体の重要課題になっている。ここでも苦肉の策として「英検2級」程度の英語力を持つ「日本人のALT」で穴埋めしている学校もあると聞く。

 

 

今どきの国際結婚

日本はコンビニと並んで何処に行っても必ずあるのが駅前に並ぶ大手チェーンの英語学校。加えて近年増大の一途をたどるのが、普通の家の前に掲げる「**英会話教室」の看板である。ビジネスをしているのは英語圏からの外国人で、その数の多さには訪日のたびに驚かされる。

 

一応ALTとして雇われている外国人の教師は、大学を卒業していることが条件だが、個人で英会話教室を持っている場合は必ずしもそうとは限らない。

 

そうしたビジネスをする場合、これは今に始まった事ではないのだが、一番人気がある教師は「白人・金髪・青目の男性」である。

 

どんなに小さな教室でもそんな容姿を持っていれば100150人ほどの生徒を集めるのは朝飯前という。加えてそうした教師はどんなステータスで入国しようが、23年もすれば日本女性と結婚して永住権を取る例が多いそうだ。

 

知人の白人女性T嬢は「今でも日本に来る外国人男性は、『日本女性は従順で御しやすい』と思っている人が多く憧れの対象なのよ」と苦笑する。

 

「それに日本女性も外国人男性と町中を歩くと人の眼を集めるし優越感を満足させてくれるの」と。「でも」と彼女は続ける。「一旦結婚すると夫婦で行動を共にして、夫の友人の集りに出ることはほとんどないのがとても不思議」とも。

 

 

子種の提供者

私が真剣に耳を傾けるせいか彼女は更に続けて「今頃の日本女性は結婚して子供を産まないでしょ。キャリアを身に着け出産ギリギリの歳まで一人でいる人も多いため、やたらの日本人男性と結婚するより外国人との方がハーフの孫が生まれるので親も大歓迎。

まして相手が白人となればもうそれは大喜びで、家や車を買って娘夫婦に与えるの。そうなれば夫は子種の提供者だから下にも置かない扱いを受ける分け。仕事なんかしなくても“ハウスハズバンド”となって大手を振って家でベビーの面倒を見て、妻は引き続き働くってわけよ。Isn’t it wonderful?!」と彼女は破顔一笑する。

 

何処までが真実で、何処までがただの都市伝説か定かではないが、それでは何故日本人夫と外国人妻の組み合わせは昔も今も極小なのか。「だって外国育ちの女性は物怖じせずに言いたいことをハッキリ言うからね。日本ではそう言う女性は嫌われるのよ」と彼女は肩をすくめた。

 

「なるほど・・・」私はただ唸ってしまった。

 

 

写真はすべて4月22日に撮ったブチャード・ガーデンの花々

 

 

 

 

 

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街中での野生動物との共存

街で見る野生動物

 

カナダのように周りに自然が一杯の国では、人口が集中している町中でも本来なら山中に住むべき野生動物が出現するのは珍しいことではない。ビクトリア市の場合、その代表格は何と言っても鹿である。

 

墓地も格好のエサ場である。

 

今やその数が余りにも多く、交通量の多い道路でさえも悠然と闊歩している姿を見かける。こうなると果たして「野生動物」と呼べるかどうか分からないが、時には「クーガ」などが姿を現したりもする。つい最近も3月半ばにビクトリアの北に位置するSannichと言う町で目撃者の通報が3回あった。

 

しかし元々は彼等の住処だった所に人間が入り込んで来たのだから、食べ物を求めてさ迷う姿が住宅街で見られたとしても仕方がないのかもしれない。と、百歩譲ってはみるものの、ちょっと想像してみて欲しい。

 

真っ昼間にいつも歩いている歩道で、眼光鋭いクーガに突如出っくわした時の事を!一体そんな時には、一目散で逃げるべきなのか、急ぎ物陰に隠れるべきなのか分からないが、恐怖で固まるであろうことだけは想像できる。

 

警察のアドバスは「大きな物音を立てる」ようにというが、そんなことが咄嗟に出来るかどうか・・・。

 

鹿問題

 

もちろんクーガの出現などは毎日起こるわけではない。だが「鹿問題」は今や極限に達し、何処の市町村でも住民からの苦情が絶えず「のっぴきならない問題」になっている。

 

「やっと成長した野菜の芽を、夜中に根こそぎ食べられてしまった」「鹿よけの網は役に立たずバラの蕾が全部食い荒らされた」「裏庭は糞が一杯で、外に出られない」などなど。

 

そこで鹿人口の一番多いとされるビクトリア市南端に位置するOak Bayと呼ばれる高級住宅街で、いよいよ「手段を講じる」ことになった。住民やセンサーを使って集めた情報によれば、この小さなコミュニティ(人口約一万八千人)には72128頭が生存しているという。

 

さてその手段とは、雌鹿に「産児制限」を施して産まれる小鹿の数を制限しようというのである。これはアルバータ州などでは、野生馬の産児制限をする時に使用される方法であるとのことだが、女鹿に対してはカナダで初めて施行されるため大きなニュースになっている。

 

ではその「仕掛け」がどの様に行われるかと言えば、発情期を迎える3月下旬ごろから夏にかけて産児制限用の薬を注入したダーツ(矢)を女鹿めがけて放ち、体内に薬が廻ってよろけるのを待ち、センサーを設置した輪を首に掛けるのである。その後は地域に仕掛けた何台かのカメラが彼らの行動を監視する。

 

産児制限の薬を打たれたことを示す輪を付けてメス鹿

 

 

 

去年すでに20頭ほどに仕掛けを施し、血液、糞、DNAの検査を行った。今後はこの女鹿の状態を見ながら将来に向けて更なる仕掛けを施す数を増やす計画である。すでに80頭分ほどの薬が用意されているとのことだ。

 

当然ながらこうしたドラッグ、各種の器械、関係する人々への経費などを手に入れるには、それなりの予算が必要である。対象地域の地方自治体、州政府、野生生物管理協会などからの予算が取れなければ計画を継続出来ないため、関係者は非常に慎重である。

 

ところでこの産児制限の薬とは、体内には残らない「Zonastat-Dと呼ばれるもので、最近アメリカで承認されたドラッグと言う。もし将来この薬を施された鹿肉を人間が食しても、人体への影響はないそうだ。

 

輪を付けた母親と小鹿(まだ毛が生え揃っていない)

 

今までも間引き、罠仕掛け、その他幾つもの方法を実行したものの、どれも効果がなかった。

カナダには165万頭もの鹿が生存しているとかで「鹿問題」に悩むコミュニティーは多いため、関係者は新手段に大きな期待を寄せている。

 

 

 

 

 

 

 

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