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バンクーバー島から    見たり聴いたり

トロント生活40余年の後に西海岸ブリティッシュ・コロンビア州の首都ビクトリア市に国内移住。新たな街からの生のニュースをバンクーバー発行の日本語誌「バンクーバー新報」に2017年より新連載。
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国旗と戦没者慰霊塔

 

今年のカナダ・デー(71日)は丁度土曜日にあたり、建国150周年を迎えるにふさわしいロングウィークエンドの始まりの日だった。

 

 

国中がお祝いムードに包まれ、ビクトリアも好天気で赤白のメープルリーフの国旗が至る所ではためいた。

 

観光シーズンの真っ最中でもあり、ダウンタウンは大変な人出。夜10時半頃から始まった花火大会で気分は最高潮になったが、それはほんの10分ほど続いただけで「おやまあ、この程度の花火は日本なら何処か小さな市町村でも見られるわぁ・・・」なんて内心思ったものだ。

 

 

まあ、そんな意地の悪い見方はさて置いて、特別な祭典のある時期には公共の場にひと際その数が増す、スッキリとしたデザインのカナダの国旗が私は大好きだ。

 

だが当地の新聞によると、近年カナダ・デーに一般市民が自分の家の前庭や窓などに飾る旗の数は、以前に比べ減少傾向にるあるとか。理由は分からないそうだ。

 

 

しかし世界広しと言えども、これ程国旗らしい国旗も珍しいと思うし、何と言っても一目で印象に残る。

 

国旗がはためく世界の祭典オンピックでいつも感じるのは、各国の国旗が並んでも色の配合がゴッチャになり一般の人には区別が付きにくいことだ。

 

例えば「フランス・ロシア・オランダ」「イタリア・ブルガリア・ハンガリー」など並び方が異なるだけで同系色の配合である。北欧の国々に至っては、基本のバックの色が違うところに色違いの十字が配置されている。それぞれの色に意味があり、国民の思いが込めらているのだろうが何処の国の旗か容易には分からに。

 

シンプルで人の記憶に残る図柄と言えば日本の国旗も負けてはいない。真ん中の赤は「日出(いず)る国」を意味するものだが、これは聖徳太子が遣唐使に託した文書に自国をこのように書いて以来の言葉だとは、遠い昔に歴史の時間で習ったのを思い出す。

 

 

一般に「日の丸」と呼ばれる旗の正式名は「日章旗」。日本にはこれ以外にもバックの色が赤で日章旗の真ん中の赤の代わりに菊の紋章が入る「天皇旗」とか、朝日が輝いているように見える「旭日旗」等などがある。不幸にも先の大戦での負の記憶がゴッチャに交差して、特にこの「旭日旗」には今でも不快感を表す日本人や近隣諸国の人々がいるのは確かだ。

 

後一ヶ月で日本は815日の終戦記念日を迎える。国旗と対になって毎年話題に上るのが政治家たちによる靖国神社参拝だ。今年はどの人が参拝するのだろう。

 

終戦記念日ではなかったが、昨年暮れには外交・安全保障政策を担う現職閣僚である稲田明美防衛大臣が靖国神社に参拝し物議をかもした。来月早々には内閣の改造が行われる予定で、稲田明美防衛大臣の解任が決まっている。

 

 

申し訳ないが、あの程度の容姿でも国際会議の講演の冒頭、一緒に居たオーストラリアとフランスの女性の国防省(当時)と自分の容姿について「good looking」と自画自賛する愚かさや、立場の認識に欠ける浅はかな人が去るのを惜しむ声はないだろう。

 

カナダでは首都オタワに1936年に建設され、その後幾つもの戦争で犠牲になった人々も加えられている慰霊塔がある。

 

 

国のために戦った兵士たちを弔うのは真に持って当たり前のことだが、靖国神社ではそれが素直に行えない。周知の通り、理由はA級戦犯(太平洋戦争の責任を負った罪人たち)7人が祀られている(遺骨はない)からである。それ故に国賓も今生天皇も参拝しない。

 

2015年の総務省の発表では、戦後生まれ(昭和20年以降)が8割になったと発表した。戦争の記憶が薄れる前に新たな場所に国立の無宗教慰霊塔造り、誰もがわだかまりなく参拝出来る場所を建設すべきではないかとつくづく思う。

 

 

 

 

 

 

 

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