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西海岸から見たり聴いたり

トロント生活40余年の後に西海岸ブリティッシュ・コロン
ビア州の首都ビクトリアに国内移住。新たな街からの生の
ニュースをトロントの日本語誌「bits」に新連載。
子供の失踪 

 

何だか随分と昔の事件のように思えるが、まだ一か月も経っていない6月初め、北海道で7歳の男の子(写真)、大和君が一週間行方不明になり大変な捜索が続いた。

 

これはワールドワイドのニュースにもなり、無事助け出された時には、アジアの国々を初めCBCCNNBBCなども「奇跡の生還」としてニュースに取り上げられ大きな話題を呼んだ。

 

救出されてから分かったことは、逃げ込んだのが陸上自衛隊の演習場にある「廠舎(しょうしゃ)」と呼ばれる宿泊施設だったため、雨宿りが出来、置いてあったマットレスにくるまり寝泊まりが可能だったことや、水道水が飲めたことなど、不幸中の幸いが幾つも重なったことで命拾いが出来たのだという。

 

それにしても、こんな年ごろの子供が1週間も食料なしに過ごせたのは、やはり何と言っても幸運だったといえるだろう。

 

両親はこの間の取り調べに対して、日常的な虐待があると取られることを恐れ、ズレのある証言をしたようだ。だが、要は言うことを聞かなかった子供をちょっと脅してやろうと車から降ろし、数分で戻ったところ子供はもうそこにいなかった、ということのなのだ。

 

もちろん親は降ろしたところで待っていると思ったのだろうが、あにはからんや、子供は一人で移動してしまったのだ。

 

この親の行為を正当化することは全く出来ない。だが子育ての経験のある方は分かるだろうが、時には親と言えども子に対し「堪忍の緒が切れる」ことはあるものだ。

 

しかしこれを、欧米のニュースが取り上げると、もちろんそうには違いないのだが、「NEGLECT(放置)」とか「ABUSE(虐待)」と訳されてニュースが飛び交うことになる。

 

もし同じようなことが欧米社会で起こったら、しかるべき機関に子供は即預けられ、民事事件に発展することにもなるだろう。

 

無事に戻った大和君

 

日本でこんなニュースが行きかっている同時期に、カナダでは過去40年間(19702010)に起きた子供の誘拐事件の統計が「カナダ子供援護協会」から発表された。

 

それによると、誘拐後殺害された16歳以下の子供の数は155人に上り、13025の割で女の子の犠牲者が圧倒的に多い。平均年齢は11.6歳で77%が白人、17%が先住民の子供である。

 

国内で犠牲者が一番多いのはBC州で46人に上る。記憶にある人もいるかと思うが、これは1980年代に連続殺人犯Clifford Olson918歳までの11人の子供を殺害したことによるもので、不名誉な州一位になったのだ。第二位はオンタリオの40人、三位はケベックの34人である。

 

一年のうち事件が多発するのは678月の夏季で、金・土の週末に多く、また事件現場は68%が子供の行動範囲内である自宅周辺である。

 

では事件を起こした犯人はと言えば、92%が男性で、その内69%が30歳以下である。殺人犯の77%が性的暴力を目的としており、誘拐後3時間以内に子供を殺害している。

 

次々に示されるこうした数字を見ただけで身震いするものの、日本とて子供の絡む事件は決して少なくない。

 

何はともあれ、大和君の無事な帰還を喜びたい。

 

 

 

 

| - | 14:08 | - | - | - | - |
ビクトリア市初のマリファナ・ラウンジ 〜来春国を挙げての解禁に期待〜

昨秋の連邦選挙選で大勝し、新首相になった自由党のジャスティン・ツゥルドー氏の公約の一つは、マリファナの解禁であった。若い人の大幅な支持を集めたことは言うまでもない。

今でも医者の処方箋さえあれば、例えばテンカン、エイズなどの治療の一環として、薬用マリファナを買えることは広く知られている。

しかし楽しみのための喫煙となると、カナダと言えどもでも未だに違法である。

とは言えタバコと同様に日常的に喫煙している人は多く、「法的には違法」だがその気さえあれば何処ででも容易に手に入るようだ。つまり限りなくグレーの領域で、取締りがあってないようなものと関係者は言う。


マリファナ
ラウンジの入り口のサイン

そんな現状をかんがみて、それでは自由に喫煙できる場所を作ろう、と始めたのが、ビクトリア市のダウンタウン近くにオープンしたマリファナ・ラウンジ「The Green Ceiling」である。すでにバンクバーには3軒、トロントにも同様の場所が幾つかあると言う。

マリファナ
オーナーのアシュレイ・アブラハムさん

ビクトリアのラウンジは4月半ばにオープンしたばかりで、オーナーのアッシュレイ・アブラハムさんはまだ28歳の若い女性。「この辺はコンドが多く、部屋やバルコニーでは吸えない人たちからこんなラウンジを求める声が沢山聞かれたの」とビジネスを始めた動機を語る。

元タイル店だった場所をリースしているというだけあって、サンプルのタイルをはめ込んだ床はきれいに磨き上げられている。

マリファナ
清潔なラウンジ内

客の年齢制限は19歳で、アルコールの販売は一切なしの上、普通のタバコを吸うことはご法度。しかしマリファナの販売はしていないため、自分で持ち込むのが原則で40席のこじんまりした場所でソフトドリンクやコーヒーを片手に、仲間とソーシャルな時間を楽しむのが目的である。

マリファナ
いろいろな規則が書かれている

アブラハムさんは「持っているマリファナを何処で手に入れたかなんて詮索は一切しないわ。だってそれはプライバシーに関わることだからね」と明るく笑う。


週7日営業し、ライブミュージックのコンサートも定期的に開催され、1時間ごとに場所代として5ドルを徴収する。換気扇は年中廻っており空気の入れ替えには怠りない。

マリファナ
明るくて清潔なラウンジ内、向こうには簡易な舞台が設けられライブミュージックが演奏される

「近隣の人々の反応は?」には「今のところとてもポジティブで、問題はないわ。ここは集まってライブの音楽を楽しむ場所で喫茶店みたいなものよ。例えばお酒だって何処で飲んでもいいってわけではなく、決まった場所でしか飲めないでしょ?それと同じコンセプトなの」と言う。

マリファナ
貼られているポスターの一枚

来年春もし法的に承認されれば、公共の場での喫煙も違法ではなくなるのだろうが、日本での取締りが厳しいことはくれぐれも忘れないでおきたいものだ。
 
 




 
| - | 07:44 | - | - | - | - |
カナダ紙幣に初めて女性の肖像画 〜2018年発行の新紙幣シリーズに向けて〜
カナダ紙幣

考えて見るとカナダでは、1935年に登場したエイザベス女王以外に紙幣の肖像画に女性が一人も使われていない。社会で活躍して来た立派な女性たちが多いのに・・・と今更ながら驚かされる。

さてそこに行くとどうだろう!

世界観としては何かと女性の進出が遅れている国との印象がある日本だが、すでに明治
14年(1881年)には神功皇后(じんぐうこうごう)が改造紙幣一円券にとして、また2004年には樋口一葉(5千円札)が女性の肖像画二人目としてちゃんと登場しているのだ。

そんな遅れを取るカナダだが、さすが新政府の要職の半分に女性を起用したトルドー新首相らしく、38日の「国際女性デー」に、2018年に発行される新紙幣に女性の肖像画を起用すると発表。

4月15日を期限に、一般からの推薦を受け付けると語り大いに賞賛された。

この決定は女性の肖像画起用を推進する女性グループに賛同したもの。
火付け役のリーダーはBC州ビクトリア市在住の歴史学者マーナ・フォスターさん。

2011年末からこの運動に力を入れており、すでに73000余人もの書名を集めている。彼女のサイトにはジョーク半分の推薦候補者450人ほどの顔が100忙翳召貿爾泙辰討劼靴瓩あっている。

中には歌手のセリーヌ・ディオン、作家のマーガレット・アットウッド、前カナダ総督ミカエル・ジャンなどなどの生存者までが載っていて笑わせてくれる。


一方カナダ造幣局のサイトには、候補者募集で集まった名前を週ごとに更新し4月上旬現在100余人の名前が並んでいる。(bankofCanada.ca/banknoteable

その中でBC州で特に話題になっているのは以下の4人。

エミリー・カー(Emily Carr19711945):バンクーバー、ビクトリアを中心とした西海岸の自然を描き続けた画家。特にカナダの先住民たちの村々を訪れて朽ちて行く数々のトーテンポールの絵を残しており、晩年には何冊かの随筆も著している。

エリザベス・マッギル(Elizabeth MacGill 19051980:バンクバー生まれで、第二次世界大戦の戦闘機の製作にかかわった航空技師。

ツゥクリト(Tookoolito18381876:イヌイットで北極探検の先駆者。外部からの探検隊の通訳・ガイドとして活躍し、英国、アメリカにも旅をして北極に関する知識を広めた功績で知られる。

モーリー・ブラント(Molly Brant 17361796:先住民モハック族出身で、アメリカの独立戦争時代に英国の最高責任者であったWJohnsonと共に活躍し、二人の間に8人の子をなした。

国の成り立ちを考えれば、先住民出身の女性を選出すべきと思うのは必然だが、カナダを代表する女性画家で、内外に広く知られいるいる点から見ればやはりエミリー・カーを押したいところである。

ただし晩年の表題の写真ではなく少し若かった頃のを、と思う人は多いようだ。


CARR
16歳頃といわれる写真

CARR
一般に知られている晩年の写真





 
| - | 06:20 | - | - | - | - |
ピンピンコロリンは夢の夢?



すでに9年も前に日本で起った事件だが、2007年愛知県で徘徊中に電車にはねられて死亡した認知症の男性(当時91)の家族に、JR東海が振り替え輸送などの損害賠償を求めていた訴訟。

記憶にある方も多いだろうが、今月
1日に最高裁は「遺族に賠償責任はない」との判決を下しJR側の敗訴となった。

自宅で夫を介護していた妻も当時85歳という高齢で、頻繁に耳にする「老々介護」の典型例。妻がちょっと目を離したすきに夫が外出して起こした事件で、日本に老齢の親を残している移住者からは「人事ではない」との声が多く聞かれた。

最近知己を得たビクトリア在住の60代のKさんも、アルツハイマーの母親が日本にいる。飛行距離が短縮されるからと数年前にトロントから当地に引っ越した。年二回の往復旅費、日本での滞在費、不在中に賄いの人に払う費用など等の捻出のため、インターネットの財テクに余念がない。

よく耳にするのは、日常的に面倒を見ることが出来ない分、ある程度長期滞在をすると親の病状が急激に快復する。だが子供が帰ってしまえば元の木阿弥で、親は寂しさが戻り、子もまた身を切られるように辛いと聞く。

もちろん認知症患者は日本人ばかりではなく、BC州にも7万人ほど類似の患者がいる。2月末のある日、ビクトリア市で「A Breakfast to Remember」と題した今年で3回目になるセミナーが、BC州アルツハイマー協会の主催で開催された。

カナダでの同患者は痴呆症全体の2/3を占めるが、シニアばかりではなく、4050代でも起る若年アルツハイマーは職場で大きな問題になっている。

日本ほど家族に頼る慣習は西欧諸国にはないものの、それだけに、周辺の人々の病気への理解、教育、加えてネットワーク作りが重要なことをセミナーでも取り上げられた。

すでに知れ渡っている情報ではあるが、発病には環境因子が関係しているため、定期的な運動は症状の発症や進行を遅らせるのに大いに役立つ。巷に流布されている遺伝説は5〜7%位の確率しかないものの、やはり親や兄弟が罹患している人の場合はそうでない人よりは少し高いようだ。


またある研究では、毎日3.2キロ歩く人と0.4キロ以下しか歩かない人と比べると、運動量が少ない人はアルツハイマーの発症率が1.8倍ほど高かったとか。

長生きは結構なことなのだが、その日まで元気に生活し、ある日「ピンピンコロリン」と逝けるのは、非常に運のいい一握りの人にのみかなえられる夢と思った方がよいのかもしれない。



 
| - | 08:48 | - | - | - | - |
世界初のトランスジェンダー学 〜バンクバー・アイランドのビクトリア大学(Uvic)で開講〜


世界で初のトランスジェンダー(生誕時の性と心の性の不一致)学の研究講座がビクトリア大学で開講されることになり話題を呼んでいる。

社会学部のAaronDevor教授がトップに就任し、世界中のトランスジェンダー(以下トランス)に関する研究者や当事者たちと連携を持ちながら、ヘルスケア、貧困・差別・自殺関連などの諸問題を研究対象にする。

向こう5年間の運営資金は、この分野に関する数々のリサーチをサポートしているタワニ(Tawani)基金から$1ミリオンUSDが出資される。

創立者の
Jennifer Prizker氏は億万長者で自身もトランスであるが「社会で差別や偏見に非常に苦しめられている人々の助けになることを期待する」とコメント。加えて研究講座には同基金以外からも1ミリオンUSDの寄付が予定されている。

教授自身もトランスであるが、産まれた時のSEXに違和感を感じる人は200人に1人と予測し、彼らを「通常のトランスジェンダー」と「ジェンダーに従わないジェンダー」に分類している。

前者は手術で性転換をした人であるが、後者は数え切れないほど細分化されていて、外見からのみ判断される性分類に入らず、また押し込めれらることに違和感を感じる人々で、個々によってケースが違う。

州・連邦政府でも単にジェンダーで判断するか、自己証言に基ずくかなどの基本的判断はまだ決定されていない。

教授は「
BC 州と連邦政府以外は、ジェンダーに関してある程度公文化されてはいるが、国全体としてポリシーや法律を作成するまでには至っていない」という。

最重要なことは、日々の生活の中で人々の認識を変えることだが、最近の変化や向上には目を見張るものがある」とし「特にこの数年メディアの態度もポジティブで、人々も例えば精神病だとか悪魔に取り付かれている、と言ったネガティブな考えは少なくなり社会的に受け入れられることが多くなった」と言う。

教授は、過去30年ほど国際・性リサーチアカデミーのメンバーで世界のエキスパートたちと共にリサーチを重ねており、特にこの分野への研究の重要性をしっかりと見極めているUvicの態度や協力に深く感謝している。

校内にあるトランス資料館は、教授を中心に数年の準備期間を経て
2012年にを立ち上げたもので館長としても活躍している。

vicにはジェンダーに固執しない「中立トイレ」があり、またトランスの人々のセンシティブな面を把握し改善に努めることに協力を惜しまない。


大学では 関連のコンフェレンス“Moving Trans History Forward Conference2016”( 3/17-20)を企画しており、年初頭より準備に忙しい。http://www.uvic.ca/mthf2016/index.php



 
| - | 19:44 | - | - | - | - |
夫婦別姓問題

別姓夫婦


12月半ば日本では、長い間懸案だった夫婦別姓問題に
ついて最高裁が「民法の夫婦同姓義務は憲法違反ではな
い」との判決を下した。

これによって、選択的夫婦別姓制度導入の可能性は完全
に退けられた。


興味深いのは、15人いる最高裁裁判官のうち合憲とした
のは
10人で全員が男性。違憲と主張した5人のうち3人は
女性裁判官だったことだ。


訴えた原告の5人は、戦後に民法改正があった時に残った
明治以来の規定がいまだにあるのは憲法の「法の下の平
等」に反するとし、「国会が長期にわたって法改正を怠
ったことで(種々の理由で)精神的苦痛を受けた」と
主張していたのだ。


日本の法務省が選択的夫婦別姓制度の導入を答申したの
は今から
20年前の1996年。2009年の民主党政権では
千葉景子法務大臣が法改正に力を入れた過去はあるが、
現政権での議論は一切なく立ち消えた。


「女性の社会進出を後押しする」などと言いながら、
安倍政権からのサポートはなく今回の最高裁の決定で、
おそらく今後もその動きを見ることは期待薄だろう。

外圧にはとみに弱い日本だが、これはその種の懸案では
ないことを思えば先は見えない。


ましてや、壇上に立つ女性議員に「早く結婚しろ!」
「(子供を)産めないのか!」などと野次を飛ばす
おじさん政治家にとっては歯牙にもかけない問題だ
ろう。


世界の先進国を見れば、旧姓をそのまま使うことや、
旧姓と結婚相手の姓をつなげた姓を使うことなどは当
たり前の国が多い中で、日本の旧態依然とした最高裁
の判断には唖然とするばかりである。


とは言え、某民間調査によると今は企業の60%以上が
旧姓を使うことを認めていると言う。

しかしこれによって、旧姓と戸籍上の姓を使い分け
なければならないという煩わしさが解決したわけで
は全くないのだ。


だが結婚した夫婦の96%が夫の姓を名乗る日本では、
男性にとって氏の変更によって受けるいわゆる「喪失
感」などは考えも及ばないであろうし、当事者意識が
薄いことは否めない。


言うまでもなくカナダでは選択の自由が保障されて
おり、自分の意思で氏が選べる。

この国で特に興味深いのは東部のケベック州では、
結婚しても男女共に特別な理由がない限り出生時の
姓を変えることは法律上認められていないことである。
(英文参照↓)

理由の一つはお役所の無駄な仕事を減らすことに
あるという。

つまり、結婚して氏を変え、離婚して元に戻り、再婚
してまた氏を変え・・・これでは役所の仕事は増える
一方だからとか。
また何より男女不平等を女性たちが黙認する筈はない。

 
西海岸でも多くの国際結婚をした日本女性に会うが、
旧姓をそのまま使う人や旧姓と夫の姓とを併せる人が
目立つ。

だがカナダでは承認されても日本の法務省への登録
は又別問題でややこし限りである。

 
 

http://www.justice.gouv.qc.ca/english/
publications/generale/maria-a.htm#names


Spouses' names
Both spouses keep their birth names after
marriageand continue to exercise their civil
rights under thatname, i.e. they must use
their birth name in contracts,on credit cards,
on their driver’s licence, etc.


This rule applies to all spouses domiciled in
Québec,even if they were married outside
Québec.


However, women married before April 2,
1981 whowere already using their husband’s
surname beforethat date may continue to
exercise their civil rightsunder their married
name.




 
| - | 09:37 | - | - | - | - |
インタビュー:静かなブーム「抹茶」の普及に力を注ぐ
    二人で築くあくまでも自然体の人生
          カナダ・ヴィクトリア市
      ジェレド・美由紀ナイバーグ夫妻


〜*〜 二人のバックグランド 〜*〜

カナダ出身のジェレドさんは高三の時交換留学生として
一年間名古屋の高校で学んだが、その時中部大学で国際
関係学を専攻していた美由紀さんと出会った。

卒業後彼は一旦カナダに戻り、ワーホリとして再訪訪日。
英語教師をしながら、南山大学の留学生別科に入学した。
美由紀さんの大卒を機にヴィクトリア市に移り、ジェレド
さんはヴィクトリア大学に単位を移行して卒業。
同時進行で、二人で始めた輸入業で今のビジネスを開拓
してきた。

http://jagasilk.com

jagasilk

 美由紀さんは岐阜出身ながら名古屋の大学に
通ったのは、中部大学にあった国際関係学科に
興味があったからだ。


 しかし卒業を控え多勢に流されて就活をする
生き方に馴染むことが出来なかった。そんな折、
南山大学に通うジェレドさんもカナダに帰る決心
をしたため、婚約中の二人は新開地で生活を開始
し、後にカナダで結婚した。

 食べていく手段として、なにか日本の雑貨類を
売るビジネスを考え、試行錯誤の末に日本から
抹茶を取り寄せて卸す商売を始めた。

 
しかしジェレドさんはまだ大学で勉強中で、
資金繰りが十分とは言いがたく荷物はバスで配達。

 生活も時にはタンポポの葉を茹でて、バルク
ショップで買った穀類で食いつないだ日々もあ
った。
 追い討ちをかけるように2008年の金融危機
で更にピンチに。

 しかしその間も安易な会社勤めなどはせず、二
人三脚で何とか乗り切った。「当時を振り返ると
笑ってしまう」と顔を合わせる二人に悲壮感は
まったくない。


jagasilk

 今もビジネスの85%は卸しで、日本からは
各数種類の茶葉やなっちゃを輸入し、またインド
や中国の茶農家とも取引をしている。
 
 ネットを屈指して製造元と人間的な信頼関係を
結ぶことに時間を惜しまない。価値観の共有出来る
人たちとの繋がりを大事にしたいからだ。

 商売開始以来十余年が経ち、御し、テイー・バー、
お茶の普及のためのアカデミー、音楽などが中心にし
たビジネスの方向性が整ってきた。


jagasilk

 しかし当初から力を入れているのは抹茶で、静かな
ブームになっているのが嬉しい。顔を見て立てる一服
と、手作りの餅菓子に安らぎを求めて立ち寄る客が
人割と増えていることは確かだ。


jagasilk

所在地:A17-633 Courtney St., Victoria, BC,Canada, 
Tel:778-430-5683
 




 
| - | 11:23 | - | - | - | - |
11月8日のミャンマー総選挙 〜今後の成り行きが注視される〜
refugee
 
 予想通りと言えるだろうが、
118日に行われた
東南アジアの小国ミャンマーの総選挙の結果は、
野党のアウン・サン・スー・チー氏(
70)率いる
国民民主連盟(
NLD)が政権与党の連邦団結発展党
USDP)を破り、大勝利に終わった。


 当国の憲法では、計664議席の4分の166議席は
軍人議員(
166)が占めているため、国民が民主的
に選べるのは
75%の498議席である。

 だが今回は少数民族武装勢力との対立を避ける
ため、選挙管理委員会は彼らが占める
7選挙区での
投票を実施しなったため
491議席で争ったのだ。

 それでも立候補者は6000人以上で90を超える
政党がある。それだけでも複雑だが、加えて、
この国ならではの政治制度、勢力、民族問題が絡み
あっており一筋縄ではいかないお国柄である。


 周知の通り、軍政時代の1990年に実施された
総選挙では
NLDが議席の8割を得て圧勝したが軍政
は結果を黙殺。
また
2010年の時は、NLDが憲法の非民主性を理由
に選挙参加をボイコットした為
USDP8割の議席
を確保した。

だが今回彼らは、選挙結果は国民の決断であるこ
とを認め「勝敗に関わらず国に貢献したい」との
声明を発表した。


 何と言ってもNLDの人気はスー・チー党首の
「個人的ブランド」がものを言っている。選挙戦
で全国を廻る彼女の痛々しいほど華奢な、そして
一段と歳を感じさせる外見ながら、いつも襟元に
飾る明るい花のようにその闘志は並々ならない
ものであった。


 子供の頃に暗殺されたビルマ独立運動の指導者
アウンサン将軍を父としながらも、若い時は英国
のオックスフォード大学で学び東洋文化学者の
英国人と結婚。

 
2人の息子をもうけ政治とは関係のない生活を
送っていたが、
88
年に実母の見舞いに自国に戻っ
たのを機に、彼女を慕う人々によって政治参加
を余儀なくされた。

その後、紆余曲折を経て家族からも引き離され軍
によって自宅軟禁されたり、度重なる軍の弾圧に
もめげず民主化のために強硬姿勢を貫いたことで
ノーベル平和賞も受けている。




身を持って国を守り抜くその生きざまが世界の耳目
を集めないわけがない。


 当然ながらカナダもミャンマーとは関わりが深く、
2年ほど前には常勤の大使を首都ヤンゴンに送って
いる。

 また政治レベルとは別に、カナダには全国組織の
「ビルマ/カナダ友好会」があり、そのビクトリア
支部の
C
氏の話では、カナダのミャンマー人人口は
数千人とのこと。


 在外選挙はは可能ながら投票所はオタワのミャンマー
大使館のみのため周辺の住人以外投票は無理という。


 C 氏は来月一時帰国し自国の現状を見る計画を立て
ている。
NLDが勝利したもののまだ先行きに大きな課題
を抱え不安定な今後が気になるのは当然であろう。



後記(11月24日):

 今日で総選挙から2週間余りが経つが、その後の国内
事情は日に日に変化し、軍政の流れをくんだ政権から
NLDへの政権交代が確定した。来春には名実共に民主
化され新しい時代を迎える予定であるが、問題も山積み
である。
 アウン・サン・ス・チー氏の指導力が大いに問われる
ことになろうが、十分にその力を発揮できるよう願って
いる。


 上記C氏はどんな思いで母国の変化を見つめ、カナダ
に戻るのであろうか?

 
以下は22日付けの日本経済新聞の時事解説記事である。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO94189770Z11C15A1000000/


 
| - | 08:06 | - | - | - | - |
シリア難民問題 カナダの姿勢

refugee

10月初旬 記

ちょうどベトナム戦争集結から10年目にあたる
1985年の春、私はトロントのLake Shore Blvd
沿いにあったボート・ピープル援護協会のオフィス
を訪ねたことがある。


オフィスとは名ばかりで、裸電球のともる薄暗い
部屋に窓はなく
30代半ばくらいのベトナム人の
男性が一人机に向かっていた。自身の戦争体験や、
失った家族、親戚、友人のこと、またカナダに来
てからの生活について語る口は重く、こちらの身
にもその辛さや恐怖が容易に伝わって来た。


当時カナダは6万人の難民を受け入れたと言われ、
その一人は後に世界報道写真コンテストで受賞し
た、投下されたパーナム弾から裸で逃げ惑う
9
の少女、ファン・ティ・キム・フックさんも含ま
れている。


男性は「この国が私たちを保護してくれたのは
本当に嬉しいですが、個々に味わった残酷な戦争
体験の記憶は一生忘れないでしょう。今でも後遺
症に悩んでいる人が多数います」と。


その後もカナダは、チェコ、ハンガリー、ウガンダ
など多くの国々からの難民を受け入れて来たが、今
はシリアの人々の問題が浮上している。

だが即行動しなかったハーパー政権は、その鈍さが
来週(
1019日)の連邦選挙にも反映されるとい
われる。


9月初旬のこと、3歳のいたいけな幼児の死体が、
海辺に打ち上げられた写真が世界中に流され、
その叔母にあたる人がバンクーバー
に近い町
Coquitlamに住んでいることから、西海岸の人々
は非常に心を痛めている。

彼女はこの弟家族のスポンサーを引き受ける申請を
したが却下され、結果として写真の幼児の兄(5歳)
と母親も同時に溺死したのだ。


ただ一人残された父親は号泣しながらカナダを非難
したが、難民問題には付きものの「状況に乗じる輩」
がいることに政府が慎重になることも理解は出来る。


だが今回は地方行政の動きが早く、バンクバー島では
すぐに
10地域の市長が連盟で行動計画を発表し市民
に協力を呼びかけ、
4人家族を引き受けるには一年の
経費として
3万ドルが必要との計算を発表した。


教会などでは、はみ出さんばかりに集まった人々に、
難民救済のスポンサーになるための詳細が説明され
るが、受け入れ側の背景調査も必要なため時間は掛
かる。


世界に飛び交うこうしたニュースの中、日本の対応
はどうかと言えば民意を聞かず押し通そうとする安
保関連法で手一杯。難民なんて「対岸の火事」だった。


それでも政府が何らかの手を高じたかとオタワの
日本大使館に電話したが「菅官房長官がちょっと触
れただけで動きはありません」(
9月半ば)とのこと。
だが例によって資金だけは
8億1千万ドルを提供した
とかで変わらずに「札束外交」で受身の姿勢だ。


一方日本のNGOは手を伸べてはいるが、厳しい難民受け
入れの法改正の動きはなく、昨年難民申請した
5000件に
対し受け入れたのは11人であった。積極的平和主義は
「絵に描いた餅」なのか?!


 
後日 記:
カナダ人と話をしていると必ず聞かれるのが「日本
ではどのくらいの難民を受け入れているの?」
と言う質問である。日本は経済的に確立している
国という印象のあるため、大いに協力していると
思うのだろう。


だが私は正直にこう言う他はない。

「日本と言う国はお金は出すけど、難民受け入れには
大変消極的なの」と。


「昨年の受け入れは11人」と言えば当然ながら皆驚き
を隠せない表情で頭を振る。そして皮肉っぽく「日本
人はスマートね。問題が起こるのを未然に防いでいる
のね」とのコメントが付く。

私はつなぐ言葉を捜すことが出来ない。

 
11月12日付けCanadian Press:

refugee

年末までにカナダには25000人の難民が到着する予定で
ある。


UNの関連機関とカナダ政府は協力して現在誰が何処に向
かうかの整理をしているが、難民エイジェンシーの弁で
は、第二次世界大戦以来の緊急事態に直面しているという。


大変な努力を重ね現在受け入れを急ピッチで進すめてい
るものの、すべての人が選考に通るとは限らないとも
明言している。

各個人のバックグランドを慎重に調査する必要がある
わけだが、
18才以下の子供に関しては、危険度のリスク
は少ないと見ている。


今週カナダのJohn McCallum移民大臣は「難民問題の
コミティに携わっている若い女性政治家
Maryam Monsef
(メリヤム・モンセフ)民主改革大臣(30)の例をとり、
「彼女は自身がアフガニスタンからの難民であった」と
言い「シリアからの難民の中には20年後に彼女のように
政府閣僚として活躍している人がいるかもしれない」
とコメントした。




難民


 
The Wall Street Journalへの寄稿:
以下は11月4日にWSJに「難民危機で日本の果たせる
役割−受け入れは社会に恩恵も」と題して
JEFFREY W.
 HORNUNG氏とPAUL MIDFORD氏が寄稿した記事である。

http://jp.wsj.com/articles/SB120553839500151
44394104581334770120517438
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地震への備え(Vol.4)

規模こそ違え四方を海に囲まれているという点で、バンクバー島は日本と同じ地理的条件にあり、地震地帯であることも似ている。

地震

しかし有事に対する住民たちの備えや心構えには大きな差がある。もちろん自然を相手では、どれ程用意が出来ていても、東日本大震災ののように「想定外」(ああ、この言葉を何度耳にしたことか!)のことが起こるものだ。

もう嫌というほど地震を体験している日本では、もちろんすべての地域ではないが、いざという時には「あそこやここに」避難するよう町々で指定されている場所がある。加えてそれに対する訓練をしたり、また防災の日(9月1日)を設けて啓蒙運動を行っている所も多い。


ではバンクバー島の最南端で、一番人口が多いビクトリア市地域ではどんな用意をしているかというと、驚くほど何もないのである。4年前の3月に太平洋の向こう側であれほどの地震と津波があったものの、大方の心配は原子炉の破壊で流出した放射能の話にとどまっている。

この問題に関しては、今でも島や本土の太平洋岸などに14か所の観測所が設けられており、海水のサンプルを定期的に検査している。科学者たちは、来年辺りにはまだある程度の量が漂着する可能性もあるが、現時点では人体に影響はなく、2020年ごろには福島の事故以前の状態になると推測している。

ありがたいことにこの周辺に原子炉はないものの、有事の際に一番危険にさらされる確率の高い子供たちの訓練はどの程度しているのかと言えば、これまた非常に少ないようだ。学齢期の子供がいる親に聞いても「もちろんやっています」という返事は返ってこない。つまり親も余り知らないと言うことになる。

とは言え、災害が起きることを想定した場合の校舎の補強に関しては、教育委員会も大変に憂慮しているようだ。だが島内にある340校ほどの内すでに工事が済んでいるのは約半数と言う。


地震
補強工事の終わった学校

予定では2020年には完了するはずが、お決まりの予算不足、工事の遅れなどで今は2025年辺りが目標で、バンクバーなどでは2030年にずれ込むとか。

地震
建物と柱の間に隙間がある

島の近くの海域にはQueen Charlotteと呼ばれる断層があり、そこにPacific PlateExplorer Plateが入り組んでいる。いつそれ等がずれて地震が起るかは誰にも予測は出来ない。メディアは時々「Island is unready for the Big One」などという記事を書くが、さりとてその時どのようにすべきかの手立ては住民に行き届いていない。

人によっては通称「イヤロー・バケット」と呼ばれる100ドルほどする非常用バケツを備えている家庭もある。


地震
通称「イヤローバケツ」と呼ばれるもの

中身はケガ用のファーストエイド、乾燥食料、水、懐中電灯、ラジオ等などと共に、このバケツ自体が薬品を使用して簡易トイレにもなり、家族4人で一週間は大丈夫と謳っている。

地震
イヤローローバケツの中身

地震
含まれている中身によって値段に差がある

トロントでも私は過去40年の間に3地震を体験している。

自然災害は当地ばかりの問題ではないものの、願わくば、少なくとも学校の補強工事が終わる向こ10数年ほどの間に「
Big One」が起こらないことを切望するばかりである。

 
 


 
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